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「欲望」の深堀 -動的平衡の観点から-

 今回は「欲望」について掘り下げます。最初に生物の体内で起こっている現象から考えていきます。
 

■生物は「分解」と「合成」を繰り返す

 そもそも、私たちはこの世界で、熱力学第二法則という物理法則に支配されています。この法則は、全ての物質のエントロピーは増大することを示しており、すなわち私たちはいつか崩壊する(死ぬ)ことになります。

この法則に抗い、生きていくために、私たち生物は体内で「分解」「合成」を繰り返すことでエントロピーを下げ、生命を維持しています。例えば、ノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅先生の研究テーマである「オートファジー」は、典型的な「分解」と「合成」の現象です。オートファジー(autophagy)の"auto"はギリシャ語の「自分自身」を表す接頭語、"phagy"は「食べること」を示しています。現象としては、細胞内での異常なタンパク質の蓄積を防いだり、過剰にタンパク質合成したときや栄養環境が悪化したときに、タンパク質のリサイクルなどをしています。このオートファジーなどの現象によって、エントロピーが捨てられているのです。

 

 ■「物質の下る坂」に抗うための欲望
フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは、著書「
創造的進化」(1907年)の中で、「生命には、物質の下る坂を上ろうとする努力がある」と言いました。

創造的進化 (ちくま学芸文庫)

創造的進化 (ちくま学芸文庫)

 

 
物質の下る坂とは、この世界で生きている以上避けられない、エントロピー増大の坂を示しています。既に、生物は「分解」と「合成」を繰り返すと述べましたが、それはあくまでハード面(物質面)で坂に抗う現象です。ここで、ベルクソンが言う、物質の下る坂を登ろうとするには、ソフト面(精神面)も考慮する必要があると思います。私たちは生命体として生きるために、それぞれが「欲望」を持っています。*1基本的なものでは、お腹が空いたり、眠たくなる等の欲望があり、その欲望を満たすこと(食事・睡眠をする等)で、私たちは生命体としての機能を維持しています。欲望は、私たちが生きるために組み込まれた標準システムなのです。

 

欲望の満たし方は2つあります。

1. 自分で欲望を満たす。(自分で狩りに行って、自分で獲物をつかまえるなど)
2. 他力で欲望を満たす。(誰かが作ったものを自費で購入するなど)

当然ながら1の方法には限界があります。一人でできることは限られているからです。そのため、人は他の人を媒介し、商品やサービスを使用したり、消費したりして欲望を満たしています。ここで、商品やサービスの使用・消費の前段階には、「取引」が発生しています。例えば、一般の人はスマートフォンが欲しくても、それを自分の手で作り出すことはできません。携帯電話ショップに行って、お金を払って購入すること(取引)で、メーカー(他人)が作ったスマートフォンを入手し、欲望を満たしているのです。特に、時代が新しくなり情報や製品・サービスが多様化・複雑化する中では、他人を媒介にして欲望を満たす方の割合が増えてきています。

 

このように考えると、人は必要に応じてPainGainを繰り返して生きていると考えられます。ここで言うPainは、それ単体では自身にとってマイナスの影響を与えるもの(支出など)を示し、Gainはプラスの影響を与えるもの(商品入手など)を示します。

物質のエントロピー増大に対して、生物が分解(Pain)と合成(Gain)で対応しているように、欲望の増大に対して、人が自力で対応できないときは、製品・サービスに対する対価を払い(Pain)、とそれらを入手・消費(Gain)しています。これにより精神的なエントロピーを捨てるかのように、欲望を消費しています。このように人はハード・ソフトの両面においてPainとGainのバランスを取りながら生きています。

 

"No pain, no gain" -まさにその通りの現象が起こっているのです。

 

 

*1:欲望とは、身体を維持するために、脳から発生する生理的な現象です。