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血糖値測定×IoT進化論  -非侵襲型血糖値測定とAppleも狙うバイタルデータ×AI-

 

■病気や不調の9割は血糖値の問題
近年、健康への意識も高まり、血糖値を気にされている方も多いのではないでしょうか。
そもそも血糖値とは血液に含まれるブドウ糖の量の数値です。食事をして、炭水化物等が消化吸収されると、ブドウ糖となって血液に入り、「血糖」となります。血糖は脳や筋肉など身体が活動するためのエネルギーとして使われます。

 

この血糖は私たちの重要なエネルギー源になっていますが、その一方で私たちが患う病気や不調の9割以上は血糖が原因であるとも言われています。

また、厚生労働省の2016年の国民健康・栄養調査では、国内で糖尿病が強く疑われる成人が推計1千万人に上ることが分かっています。

 

今回はこの血糖の問題に焦点を当てた後、血糖の問題を解決する第一歩として、血糖値の「見える化」が技術的にどこまで進んでいるかを紹介します。

 
■血糖値スパイクが脳梗塞心筋梗塞・がんを引き起こす
血糖値に関わる症状として糖尿病が挙げられますが、糖尿病以外にも近年「血糖値スパイク」が注目されています。血糖値スパイクとは、普段は正常な血糖値が、食後の短時間だけ急上昇し、その後急降下する現象です。

血糖値スパイクが起こると、何が問題なのでしょうか。具体的には動脈硬化が起こり、それが心筋梗塞脳梗塞を引き起こすと言われています。
近年、イタリアの最新の研究で、そのメカニズムが分かってきました。その研究では、血管の内壁の細胞を糖分の多い液と少ない液にかわるがわる浸し、血糖値の急上昇が繰り返されているような状態にしたところ、細胞から大量の活性酸素が発生することが判明しました。活性酸素は、細胞を傷つける有害物質です。身近な例では、りんごを切ってそのままにしておくと褐色になっていき、そのまま腐っていく酸化現象が挙げられます。これと同じような現象が体内でも起こっているのです。血糖値スパイクの状態を2週間続けると、細胞のおよそ4割が死んでしまいました。実はこれが動脈硬化につながる原因なのです。

血管の壁が傷つくと、それを修復しようと集まった免疫細胞が、傷ついた血管壁の内側に入り込んで壁を厚くし、血管の内側を狭めていきます。それが動脈硬化です。血糖値スパイクが繰り返し起きている人は、血管の多くの場所で少しずつ動脈硬化が進行し、やがて心筋梗塞脳梗塞を引き起こすリスクが高まると考えられます。

以上のような重大な症状に加え、血糖値スパイクは身近な仕事にも影響を与えることがあります。血糖値が急に上がり、その後急激に血糖値が下がった際の症状として、強い空腹感、頭痛やイライラ感、集中力・判断力の低下などを引き起こすことがあるのです。このような状態になっていては、生産性が上がらず仕事がなかなか終わらない状態になってしまいます。​

血糖値スパイク

血糖値スパイクの発生イメージ

血糖値スパイクが起こっているか否かは通常の健康診断などでは把握することができません。なぜなら健康診断の時には、朝食を抜いた状態で採決するため血糖値の平均値は正常なままだからです。そのため、一般の人は自分の身に血糖値スパイクが起こっていることに気づきません。

血糖値を測定するために血糖自己測定(SMBG)が広く行われていますが、現在行われている血糖測定法は、指などを針で刺して採取した血液を測定するため、煩わしさとともに苦痛や精神的ストレスなどがあります。

また、指に刺すための針やセンサチップなどの消耗品のコストが高く、年間約20万円/人の経済的負担を強いられています*1。
 

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血糖値測定イメージ

■血糖値測定器の進化 
近年、血糖値測定器の発展が非常に進んできました。
血糖値測定器の発展は糖尿病の治療をしている方だけでなく、日ごろから健康に気を遣っている方や仕事のパフォーマンスを気にされている方にまで影響を与えることにもなるでしょう。

その発展のベクトルとして以下の2つがあります。

1. 侵襲→非侵襲​

2. ポータブル→ウェアラブル

 

これらの発展の仕方を簡単にまとめました。各機器の詳細については次に説明します。​
glucomatrix

・侵襲×ポータブル 
従来は採血をして血糖値を測定するのが当たり前でした。しかし、2017年1月に登場した「FreeStyleリブレ」(以下、リブレ)は、皮下に入れたセンサーで間質液中のグルコース濃度を連続的に測定し、リーダーでスキャンすることで、連続測定したグルコース濃度の変動パターンを表示するシステムです。


リブレは、グルコース値を測定する500円玉サイズのパッチ式センサーと、その測定値を読み取り表示するリーダーから構成されています。センサーを上腕後部に装着すると、センサーの極細フィラメントが皮下に挿入され、グルコース値を測定します。

 

患者評価では、96%の患者がリブレによる測定を「簡単」「苦痛や困難さを軽減する」と回答したと言われています。

 

リブレで測定できるのは間質液中のグルコース値です。血管外の細胞間にある液体成分を測定します。血糖値の変化に対する間質液グルコース値の生理的なタイムラグは約5~10分間とされています。

得られたグルコース濃度の測定結果は、指先に針を刺す血糖自己測定(SMBG)との比較した場合に精度の差が10%程度であるため、長期間にわたり正確に血糖を測定ができることが分かっています*2。 これにより自分で血糖値を測定して、システムが血糖値トレンドを推定し、糖尿病の血糖コントロールをサポートします。



*2 The Performance and Usability of a Factory-Calibrated Flash Glucose Monitoring System. Diabetes Technology & Therapeutics. Volume 17, Number 11, 2015.
リブレ

 

■非侵襲×ポータル
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構の山川考一グループリーダーらは、世界で初めて手のひらサイズの高輝度中赤外レーザーの開発に成功し、一定の条件の下、国際標準化機構(ISO)が定める測定精度*3を満たす非侵襲血糖測定技術を初めて確立しました。

 

*3 血糖値75mg/dl未満では±15mg/dl以内、75mg/dl以上では±20%以内に測定値の95%以上が入っていれば合格


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波長1 µmの近赤外光を発振するイッテルビウム添加ヤグレーザー(左)と、その光を同程度の大きさのパラメトリック発振器(右)で波長を変換し、高輝度中赤外レーザー(波長:6μm〜9μm)を発生

上記の装置は2018年1月現在ではまだ実用化に至っていません。現在非侵襲のポータブル血糖値測定器としては「KETTO」があります。「KETTO」はフィンガークリップに指をはさむだけで、針を使わずに痛みなく血糖レベルを測定できる健康管理機器です。


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Ketto

この製品は、MHC法(Metabolic Heat Conformation Method)という方法を用いています。この方法では、血中のブドウ糖が酸化するときに発する熱と酸素供給の関係に着目し、各種センサーから検出された温度や血中酸素飽和度などを用いて血糖レベルを算出することで針を使わない血糖レベルの測定を可能にしました。
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MHC法の模式図(参照 Noninvasive Measurement of Glucose by Metabolic Heat Conformation Method)


・侵襲×ウェアラブル

近年、ウェアラブルバイスで血糖値を測定しようという試みが出てきました。

PKvitalityという企業は、K’s watchという侵襲型ウェアラブル血糖値測定器を開発しています。

K’s watchには血糖レベルを確認するために小さな針とセンサーが付属しています。具体的には、ウェアラブルバイスの下(写真中のデバイスの皮膚側)には、間質液を採取して分析するために0.5mmの小さな針が付属した、取り外し可能なセンサーが付いています。

K’s watch上記のリブレの場合と同様に、間質液中のグルコース濃度から、血糖値を算出しています。



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参照
URL http://www.pkvitality.com/ktrack-glucose/
 
  
・非侵襲×ウェアラブル 
非侵襲かつウェアラブルで血糖値を図ることは、従来から医療業界の課題でした。この課題を解決しようとする企業が出てきました。それがイスラエルベンチャー企業”Gluco Vista”です。

Gluco Vistaは赤外線を使って血糖値を測定するウェアラブルバイスを開発しています。

ウェアラブルバイスが血中のグルコースが放つ信号を捉え、それを独自のアルゴリズムで解析することによって、非侵襲ながら米国FDA(Food and Drug Administration)のガイドラインに沿った精度の高いを実現しています。(正確な臨床結果はClinical Studiesに記載されています。)

また、測定した結果はスマートフォンタブレットにも連携され、血糖値を確認・管理することができます。

これにより、いつでも、どこでも、誰でも簡単に血糖値を測定することができる時代が来るのです。
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GlucoVistaのウェアラブルバイス

 
Appleも狙う、バイタルデータを用いた機械学習 
以上のように血糖値測定器が非侵襲かつウェアラブルになり、そのデータをクラウド上に蓄積することで、血糖値のデータを限りなくリアルタイムかつ大量に取得することができるようになります。

そうなると、AIを使った血糖値管理手法が発達するでしょう。

 

従来から、血糖値以外に血圧や体重、歩数などを説明変数とした機械学習は行われていました*5。

例えばAppleApple WatchのDeepHeartアプリユーザー14,000人のデータから、そのユーザーが糖尿病であるか否かを85%の精度で判定することができています*6。
この測定はApple Watchに組み込まれているセンサーを使って心拍数と歩数を考慮したアルゴリズムで行っています。

 

しかし、これに血糖値のリアルタイムデータを変数として追加することで血糖値スパイクを把握できたり、生活の中での行動と血糖値の因果関係が格段に明確になり、日ごろの血糖値管理が容易になります。

 

IoT、クラウド、AIでより緻密な治療が可能になる日も近いかもしれません。



 
*6 Apple Watch app 85 per cent accurate in diagnosing diabetes 

 

■参考文献  
 
・糖尿病1千万人
 
 
 
・非侵襲×Fixの方法
 
・リブレの紹介
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO16072050Y7A500C1000000?channel=DF260120166496 (血糖値一般のことについても記載) 
 
・Glucose Sensing for Diabetes Monitoring: Recent Developments
www.mdpi.com/1424-8220/17/8/1866/pdf