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失敗の構造 -ヒューマンエラーのシステムから反脆弱性まで-(続き)

■「失敗するな」「失敗しろ」

こんな経験はないでしょうか。
”ある場所では、「絶対に失敗するな。」と言われ、またある場所では「どんどん失敗しても良い。」と言われる。”

一体どっちなんだと、このジレンマに悩まされた方も多いのではないでしょうか。

このジレンマの背景には、物事を成功させるために、実は相対する2つの方法があると考えられます。

①小さな失敗を積み重ね、成功に近づける。
②失敗を徹底的に防ぐことで、成功に近づける。

①の具体的な内容として、研究、ベンチャー企業の事業開発、人脈づくり等が挙げられます。失敗の許容度が比較的高いものが該当します。
ここで重要なゲームのルールは、自分が何かアクションを起こしたときに、失敗は原点対象にならないということです。あくまで、少しでも前進したことが加点対象になります。その上、多くの場合、失敗は成功へのヒントになるため、とにかく多くのアクションを実行することが重要になります。

②の具体的な内容として、手術、飛行機の運行等が挙げられます。失敗の許容度が比較的低いものが該当します。
ここでのゲームのルールは、いかに減点を減らすかということ。やるべきことを確実に実行し、1つのミスも起こしてはいけません。


■事象の分類
それでは、より明確な解決策を考えていくため、細かく事象を分類していきたいと思います。
①、②の失敗許容度の軸に加え、さらに予測可能性の軸を加え、予測可能性が高い・低いでも分類を行い、4分類に事象を整理しました。

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①失敗許容度:高い、予測可能性:高い
これは天気予報等が該当します。明日の天気はおおよそ予測することもできますし、天気予報が外れたとしても、誰かの命が危うくなったり、国内のビジネスがストップするようなことは起きません。

②失敗許容度:低い、予測可能性:高い
画像を用いた一部のがん検知*等が該当します。例えば、2017年1月には米スタンフォード大学の研究グループが、皮膚がんの診断にAIを活用しました。米グーグルが開発したアルゴリズムを応用し、ネットから約13万件の皮膚病変の画像を収集し、「メラノーマ(悪性黒色腫)」「良性腫瘍」などをディープラーニングで学習させました。その結果、皮膚科医と同等の精度で皮膚がんを診断できたとのことです。成功率の高い手術も②に該当します。
(*広義の予測に該当するとします。)

③失敗許容度:高い、予測可能性:低い
ベンチャー事業や、研究、人脈作りなどが該当します。
失敗してもダメージは比較的少なく、むしろどんどん失敗しろなんて言われることがある分野です。

④失敗許容度:低い、予測可能性:低い
これが一番厄介です。予測可能性が低く、社会に大きな影響を与えるものは、「ブラック・スワン」と言われます。津波地震などの災害や、リーマンショック、テロ等、予測が難しく、かつ大きな影響を与えるものが該当します。
ヨーロッパでは白鳥は白い鳥だけと思われていましたが、1697年にオーストラリアで黒い白鳥(ブラック・スワン)が発見されました。以来、ありえなくて起こりえないことを述べる場合、“ブラック・スワン”という言葉を使うようになりました。

今回、①、②はあまり深堀せず、③、④に注目して議論していきます。なぜなら、①、②は既に予測可能性が高いためあまり大きな問題はなく、あとはAI等の技術が向上していくことで問題をカバーできるためです。一方で、③、④はまだ機械だけに頼るのは、非常に危険で、人間による判断・行動が非常に重要になります。

■早く、小さく賭ける!
③についての対処法は、ほぼ決まっています。
それは、「小さく賭けることを高速で繰り返す」ことです。いわば、早い段階で数多くの失敗をして、成功へのルートを探りだしていくことです。この方法は、ベンチャー事業では、プロトタイプを早く作って、早くユーザーの意見を聞く「リーン・スタートアップ」または「リーン・ローンチパッド」として知られ、ベンチャー事業を成功させるための1つの方法として考えられています。

早い段階で失敗することの重要性について、コロンビア大学ビジネススクール教授のリタ・マグレイスは以下のようにまとめています。(「『知的失敗』の戦略」ハーバード・ビジネス・レビュー2011年7月号)
  1. 見込みのない案にさらなる資源を投入しないで済む
  2. 行動から結果までの時間が短ければ、因果関係を特定しやすい
  3. 早い段階でダメなオプションを外すことができれば、その分を可能性のあるオプションに集中できる
  4. 早めに失敗すれば損失額が膨らんでいないので、なんとしてもそのプロジェクトを続行しようという圧力は少ない

また、サイクロン式掃除機で有名なダイソン社を創業したジェームズ・ダイソンも、失敗作を5127台作ったとも言われています。

また、彼は次のような言葉を残しています。
「人生の99%は失敗でした。常にプロトタイプを作っていたからです。」

一般の人から見ると、彼は間違いなく成功者です。しかし、その陰には山のような失敗と、それを続ける執念が隠れていたのです。


ブラックスワンに対抗するためには
次に④のブラック・スワンについて考えます。
ブラックスワンは以下のような特徴を持つと言われます。(ブラックスワン 上 P4)

  1. 異常であること(過去に照らせば、そんなことが起こるとは思われず、普通に考えられる範囲の外側にあること)
  2. とても大きな衝撃があること
  3. 異常であるにもかかわらず、人間生まれついての性質で、起こってから適当な説明をでっち上げて筋道をつけたり、予測が可能だったと思うようなこと

著者のタレブはブラック・スワンについて次のように語っています。
"歴史の大半はブラック・スワン的な事象で成り立っている。なのに、私たちは正常な状態に関する知識を微調整して、モデル、理論、説明を構築しようとする。でも、そういうモデルではブラック・スワンを追跡することなどとうてい無理だし、衝撃の起こる確率を測定することもできない。"(反脆弱性 上 P26)

それならば、ブラックスワンに遭遇するまでに、私たちは何も準備ができないのでしょうか。いいえ、そうではありません。そこでキーワードになるのが、「反脆弱性」です。
■反脆弱性とは何か
「反脆弱性」は以下のように説明されています。
”衝撃を利益に変えるものがある。そういうものは、変動性、ランダム性、無秩序、ストレスにさらされると成長・繁栄する。そして冒険、リスク、不確実性を愛する。こういう現象はちまたにあふれているというのに、「脆い」のちょうど逆に当たる単語はない。本書ではそれを「反脆(はんもろ)い」または「反脆弱(はんぜいじゃく)」(antifragile)と形容しよう。

 反脆いものはランダム性や不確実性を好む。つまり、この点が重要なのだが、反脆いものはある種の間違いさえも歓迎するのだ。反脆さには独特の性質がある。反脆さがあれば、私たちは未知に対処し、物事を理解しなくても行動することができる。しかも適切に。いや、もっと言おう。反脆さがあれば、人は考えるより行動するほうがずっと得意になる。ずば抜けて頭はよいけれど脆い人間と、バカだけれど反脆い人間、どちらになりたいかと訊かれたら、私はいつだって後者を選ぶ。”(反脆弱性 上 P22)

このように、不確実性下においては、何か衝撃が加わったときに、柔軟に対応し、むしろその衝撃をも利用するような仕組みが重要になります。

具体的な仕組みとして、「バーベル戦略」が挙げられます。
バーベル戦略とは次のように説明されます。

”黒い白鳥のせいで、自分が予測の誤りに左右されるのがわかっており、かつ、ほとんどの「リスク測度」には欠陥があると認めるなら、とるべき戦略は、可能な限り超保守的かつ超積極的になることであり、ちょっと積極的だったり、ちょっと保守的だったりする戦略ではない。
「中ぐらいのリスク」の投資対象にお金を賭けるのではなく、お金の一部、たとえば85%から90%をものすごく安全な資産に投資する。たとえばアメリカ短期国債みたいな、この星でみつけられる中で一番安全な資産に投資する。残りの10%から15%はものすごく投機的な賭けに投じる。(オプションやなんかみたいに)あらん限りのレバレッジのかかった投資、できればベンチャー・キャピタル流のポートフォリオがいい。
そういうやり方をすれば、間違ったリスク管理に頼らずにすむ。どんな黒い白鳥が来ても「フロア」を超えるひどい目に遭うことはなく、最大限安全なところに置いておいた「卵」に被害が及ぶことはない。”
ブラック・スワン下 P69–70)

「超保守的」で「超積極的」な投資を行うことで、結果的に中程度のリスクを取る、というのがブラック・スワンに対抗するためのバーベル戦略です。

タレブ が勧める「予測ができないことに対抗する」手法は、「予測ができないことを利用する」こと、言い換えれば、予測できないことが起こったときに良い結果をもたらしてくれるように賭けておくことです。それがブラック・スワンの正しい対策法です。
それを タレブ は端的に以下のように示しています。
「予測ができないなら、予測ができないことを利用すればいい」 (ブラック・スワン 下  P66)


■おわりに
今回は、人間が失敗するポイントについて考え、その後に事象別の失敗のとらえ方を4分類で考えました。そして、予測可能性が低い時に
・失敗をどのように活用するか
・失敗に対してどのような準備をするか
を検討しました。

失敗はネガティブなイメージが強いですが、失敗から学ぶことも数多くあります。失敗は、実はもっとも費用対効果が高いのです。逆に、時間を費やさなかったことで、失うものは大きいです。なぜなら、失敗したことから何も学習されていないからです。

今後は、はじめに現象の種類(4分類)を見抜き、その分類に応じた対策を準備しておきたいと思います。


*今回は概要版として「失敗の構造」を書きました。現在詳細版として、より理論的な裏付けも追加したものを執筆中です。詳細版には、ブラック・スワンへの対応ができなかったときにどうするか等も追加で書いています。もし興味がございましたらご連絡ください。