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イノベーションの変遷 ビッグバン・イノベーションの登場

それでは、前回の続きでビッグバン・イノベーションについて見ていきましょう。

■ビッグバン・イノベーションとは
ビッグバン・イノベーションとはほ、ぼすべての顧客セグメントに対してよりよく、より安く、よりカスタマイズした製品・サービスを提供するものです。以下に、戦略、マーケティングイノベーションの3つの項目において、定説とどのように違うのか示します。

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出所:http://diamond.jp/articles/-/87358

■ビッグバン・イノベーションの特徴

ビッグバン・イノベーションでは、今までの製品・サービスとはプロダクトライフサイクルが大きく異なります。
プロダクトライフサイクルとは、製品のライフサイクルを「導入期」→「成長期」→「成熟期」→「衰退期」という4段階で表現するものです。
これは、スタンフォード大学のエベレット・M・ロジャース教授が1962年に提唱したイノベーター理論と非常によく似ています。

 

イノベーションの普及
エベレット・ロジャーズ
2007-10-17



■イノベーター理論

イノベーター理論とは、たとえばiPhoneiPadなどの新しい商品が市場に投入された際に、消費者のその商品購入への態度により、社会を構成するメンバーを5つのグループへと分類したものです。

 

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最初の「イノベーター(Innovators)」は革新者とも呼ばれるグループです。新しいものを積極的に試してみる人達です。
今で言うと、VRを体験できるようなツールを真っ先に買うような方々はイノベーターと呼んでいいでしょう。

イノベーターの方々は社会全体の2.5%を構成すると言われています。


続いて「アーリーアダプター(Early Adopters)」です。
彼らはイノベーターほど積極的ではありませんが、流行には敏感で、自ら情報収集を行って判断するグループで、全体の13.5%を構成します。
時には「オピニオンリーダー」となって他の消費者に対して大きな影響力を発揮することもあります。
新型のiPhoneiPadをすぐに買うような方々はアーリーアダプターに該当します。


そして中央のボリュームゾーンです。
まずは「アーリーマジョリティ(Early Majority)」です。
ここに所属する消費者は新しい技術や商品の採用には比較的慎重です。
こうした人たちが全体の34.0%を構成すると言われています。


また「レイトマジョリティ(Late Majority)も同様に全体の34.0%を構成しますが、彼らはより慎重で、むしろ懐疑的です。
周囲の大半の人たちが購入したり試したりする状況を見てから同じ選択をします。


最後の「ラガード(Laggards)」ですが、彼らは非常に保守的なグループです。
流行には流されず、周囲が採用しても静観していることも多いです。
現在も携帯電話を所有していない方や、携帯電話会社から、今所有している携帯電話の機種が古すぎて、変更願いの手紙が来るような方が当てはまります。
全体の16.0%を構成しており、ブームが一般化してからようやく採用する人もいれば、最後まで採用しない人もいます。

 

■ビッグバン・イノベーションと従来のプロダクトライフサイクルの違い

従来はロジャースが提唱した釣鐘型のプロダクトライフサイクルとなっていました。しかし、ビッグバン・イノベーションでは「シャークフィン」という形のプロダクトライフサイクルになっています。
今回該当するケーススタディの大半は、家電・コンピューティング・通信関連の製品やサービスであるため、これらの分野に特有のプロダクトライフサイクルと言えるかもしれません。


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新製品やサービスが市場に投入されてからは、特異点、ビッグバン、ビッグクランチエントロピーというビッグバン宇宙論に沿った4つの段階を経ることになります。以下、概念的ではありますが、原書から4つのステージについての説明を抜粋して記します。

 

1.特異点

 ビッグバン宇宙論において「特異点」は、「物質と熱とエネルギーとが超密度に圧縮されて、ブラックホールをつくる」と考えられている宇宙空間の仮説上の点を指す。このステージでは、産業はほぼ成熟した状態にあり、破壊的な技術を駆使する新規参入者の猛烈な攻撃を受けて、安定したサプライチェーンは徐々に脅かされていく。熱とエネルギーを供給するのは、起業家と、独創的な資金調達方法と、新たな重力の中心を見つけ出す非凡な才能である。イノベーター企業は市場でじかに実験を行い、何度も失敗する。行き当たりばったりに見えても、失敗した実験はその実、間もなく訪れる変化のシグナルでもある。

 

2. ビッグバン

 特異点は最初、直径ほんの数ミリだったかもしれない。ところが、内部の熱と圧力の増大によって物質が爆発して宇宙を創造し、今も宇宙は膨張し続けている。同じように、初期の実験が技術の絶妙な組み合わせとビジネスモデルとをもたらすとき、実験は新たな市場を創造し、あらゆるセグメントの顧客が破壊的製品やサービスに殺到する。ユーザーは古い製品やサービスやブランドに背を向け、既存産業を崩壊に導く。そして代わりに、ダイナミックで新しいエコシステムが誕生する。古い産業が内破すると、一気に刷新が起きて、新しいが不安定な産業が生まれる。

 

3. ビッグクランチ

 ビッグバンの後、宇宙のエネルギーは四散する。物質はさらに拡散するが、やがて膨張は減速する。最近のビッグバン宇宙論によれば、宇宙の膨張はいずれ反転して収縮へと向かい、宇宙は加速度的に崩壊するという。ビッグバン・イノベーションの内破は、早い段階に訪れる。あらゆる製品やサービスは成熟期を迎え、イノベーションは漸進的になり、成長速度も落ちる。このステージで産業は一種の死を迎える。ビッグバンのステージで手に入れた価値は消失する。自社の資産にいつまでもしがみつく企業は、その価値を急落させてしまう。

 

4. エントロピー

 ビッグバン宇宙論によれば、崩壊する宇宙の物質とエネルギーは再び集まり、新たなかたちを形成する。ビッグバン・イノベーションにおいて、エントロピーは滅びゆく産業の最終局面である。手元に残った、ほとんどがかたちのない資産は、砕け散って新たな特異点を作り出す。古い製品の市場が生き残ったとしても、もはや大きな市場ではない。そこに集うのは、過去を棄てきれない、ちょっと変わった顧客たちだからだ。知的財産を含めて手元に残った資産は、他のエコシステムで新たなユーザーを見つけ出すか、次の事業へと移行して復活を遂げるための基盤となる。つまりこのステージは、次のビッグバン・イノベーションを生み出すための土台なのだ。

 

■なぜ、シャークフィンのような形になるのか?

ビッグバン・イノベーションでは、一言でいうと、「より良く、より安い破壊的な製品・サービスを市場に投入することができるため」と書かれています。これらの製品・サービスは、市場に登場した時点で、価格・性能・カスタムのすべてにおいて高い競争力を備えています。そのため、急速にその製品・サービスが普及します。

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出所 http://zafin.com/our-articles/infographic-shark-fin-model-digital-disruption/ 

 

確かに、「より良く、より安い破壊的な製品・サービスを市場に投入することができる」ことは、普及のスピードには大きく影響を与えると思います。
僕はこれについて、技術の進化を背景としたQCD(Quality:品質, Cost:費用, Delivery: 納品速度)の大幅アップに起因していると考えます。

ビッグバン・イノベーションでは、特にCostに関しては、以下の各種コストについて言及しています。

 

  1. 製造コスト・配布コストが激減
    (1) 部品と製造コスト
       ・設計と製造プロセス簡略化
       ・不良品減最適予測
       ・効率的生産計画
    (2) 知的財産コスト
    (3) 研究開発コスト
       ・インターフェース標準化
       ・ソフトのオープンソース
       ・クラウドファンディング
    (4) 配布コスト
       ・すべてのユーザーへ、一瞬でソフトウェアを配信可能

    世界で、数10億人がスマホタブレットを所有しているが、誰もが一瞬で新しいアプリをダウンロード可能な環境にあるため、配布コストは限りなく低い。

  2. 情報を再利用することが爆発的に増加
    CAMによる設計情報などの一律管理。その他、自動化・システム化(運営管理参照)

  3. 間接的な収入源を取得可能
    広告等を活用して、システムや製品において、間接的な収入を得ることができる。


僕は、このQCDの大幅アップを、(1)開発、(2)製造、(3)販売の3つの観点から考えていき、ビッグバン・イノベーションには記載のない異なる切り口で普及曲線の変化を考えていきたいと思います。

 

(1) 開発

バーチャル開発による高効率化

開発段階においては、特に異次元のバーチャル開発によって、QCDの大幅アップを実現しています。
バーチャル開発とは、バーチャル上で仮想のモデルを作り、そのモデルを用いて実験や検証を行うことです。
これまでも現実世界で行われてきた部品やユニットの開発の一部をバーチャル世界で置き換えるようにはなってきていました。
しかし、今では各部品やユニット、システムにとどまらず、製品全体を最適化し、技術や性能を高めながら、開発工数を削減することができます。
さらに、開発工数そのものの削減のみならず、開発や生産上のボトルネックをバーチャル上で早期に発見することで手戻りを防ぎ、全体のリードタイムを大幅に削減します。

事例としては、ドイツを本拠とする自動車部品と電動工具のメーカーであるボッシュと、ドイツの自動車部品メーカーであるマーレが合同出資した合弁会社ボッシュ・マーレ・ターボ・システムズ(BMTS)のターボチャージャー開発があります。
従来は個別に部品を検証・開発して、リアルでターボチャージャーを何度も壊していました。
しかし、モデルベース開発というバーチャル開発の1種の手段によって、個別部品のシミュレーションはもちろんのこと、ターボシステム全体のパフォーマンスをバーチャルで検証し、全体を最適化する性能を担保することに成功しています。

 



 

3Dプリンターによるムーブメント

バーチャル開発を行ったとはいえ、リアルで実験・検証をしなければなりません。
この試作品を作成する段階で登場するのが3Dプリンターです。
3Dプリンターの登場によって、世界にMAKERS MOVEMENTが起こると提唱したのは、元WIRED編集長のクリス・アンダーソンです。

 




「MAKERS」では3Dプリンターの登場によって、従来と比較して高速で試作品の作成ができたり、自分だけのオリジナルの製品を簡単に作れるようになったりと、ものづくりが大きく変わることを示唆しました。

実際に、製造業においても3Dプリンターを利用することで、製品そのものの性能向上、コストの削減、リードタイムの短縮を実現しています。
事例としては、自動車の部品の製造が挙げられます。
フォードは、インテークマニホールドという自動車部品の試作品製造に3Dプリンターを使用しました。
インテークマ二ホールドとは、エンジンの燃焼室に空気を入れるための管状の部品で、燃費を向上させる上で最も重要な部品の1つです。また、この部品は製造難易度が高いと言われています。

 

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出所:http://www.carlifesupport.net/engine%20kiso_inletmanifold.html

 

しかし、3Dプリンターによって、フォードはインテークマニホールドの試作期間を4か月から4日に、試作費用を50万ドルから3000ドルにするといった桁違いの成果を出しています。

 

また、GEは航空機エンジンの燃料ノズルを3Dプリンターで一体成型し、溶接回数を5分の1に減らし、耐久性を従来製品の5倍にまで高めています。以上のように、3DプリンターはQCDの向上に大いに貢献しています。

 

(2) 製造

ムーアの法則とダウンサイジングイノベーション

製造の観点では、はじめに部品・製品の小型化を例として挙げます。
小型化は製品性能の向上と低価格化を同時に実現します。例えばCPUの場合だと、ムーアの法則がこれに該当します。ムーアの法則とは集積回路上のトランジスタ数は「18か月(=1.5年)ごとに倍になる」というものです。

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チップ上のトランジスタのサイズが縮小すると、ソフトの命令を実行するために電子が移動する距離が縮小することになります。
これによって、CPUの処理速度が上がり、また従来と同じ処理量に対する電子の移動距離が短くなるため、エネルギーロスが少なくなり、電力効率が高まります。
また、小型化すると、必要となる材料の大きさを小さくすることができるため、原材料費を削減することができます。

 

小型化に関連する内容として、「ダウンサイジングイノベーション」というコンセプトについて解説した資料があります。一言でいうと、小型化がさらなるイノベーションを引き起こすという内容です。こちらの内容も分かりやすく、示唆に富んでいるので、一度ご覧いただきたいと思います。

 

ダウンサイジングイノベーションによる技術進化論と産業競争力確保に向けた提言

 

また、ロボットによる製造過程における加工手法の革新によって、加工の自由度が向上し、品質の向上や消費材料の削減を実現しています。また、工場のさらなる自動化によって、生産時間を短縮することができます。さらには、工場の機器のメンテナンスが必要な時間を自動的に機械が教えてくれることによって、故障したときに機械を使えない時間(アイドリングタイム)を減らすことができます。

 

もう既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、①開発と②製造の話は、インダストリー4.0の話と重複している部分があります。
インダストリー4.0とは、もともとドイツの政策で、製造業の競争力を維持・強化するものです。
そのために生産効率の高い「考える工場」を実現しようとしています。
インダストリー4.0はIoT(Internot of Things)を用いて、業種や会社の枠を超え、工場同士、もしくは工場と消費者等をつなぎ、ありとあらゆるモノがネットに接続します。
これによって、機械同士がコミュニケーションをとり、人手を介さずに工場のラインを組み替えたり、在庫に応じて生産量を自動で調整したりすることができます。
また、製品・サービスの開発段階において高度なバーチャル開発を用いることで、無駄な試作品を作ることが激減するため、圧倒的なコスト削減と、開発期間の短縮化が可能になります。
インダストリー4.0も製品・サービスのQCD向上に大きく貢献しており、インダストリー4.0の進行が製品ライフサイクルのカーブにさらなる変更を加えることになるでしょう。

 

 

 

(3) 販売
サービスのフリー化 

特にソフトウェアの配布コストが劇的に下がりました。現在では、EvernoteDropboxなどのサービスを使っている人も多いと思いますが、このようなサービスはいつでもどこでも利用することが出来ます。
また企業側からすると、世界中のスマホ・PCユーザーに一瞬でこれらのアプリをインストールさせることができます。
デジタルはアナログと違い、複製する費用がほとんどゼロになります。
それゆえ、配布するコストが限りなくゼロに近づきます。
また、無料で配布した後に、その中で気に入ってもらった一部の人達から収益を回収するようなビジネスモデルも成り立つようになりました。

 

 

このような状況になったのは、やはりインターネットの登場によって、空間的・時間的な制約がなくなり、世界がネットを通して一瞬でつながるようになったためでしょう。
買い手が本当に欲しい製品・サービスを、望む相手から、望むタイミングで、望む場所で、望む価格で購入できるようになりました。

また、ソフトウェアだけでなく、一部のハードウェアも空間的・時間的な制約がなくなりました。
なぜなら、3DCADデータを転送して、それを3Dプリンターで出力することによって、同じ形状の物をいつでもどこでも作ることが可能になったからです。

 

マーケティングコストの減少 

様々な情報が公開されることによって、マーケティングコストから相手の信用度を確かめるためのコストまでが劇的に下がりました。
なんといっても、ほぼ完全な市場情報によって探索コストの低減がされるようになりました。

 

■まとめ
テクノロジーの進歩は、テクノロジーそのものの進化スピードを速めます。
テクノロジーがテクノロジーを構築しやすい環境を生み、今の時代でも誰しもがソフトウェアやハードウェアを作れるようになりました。
このような環境が製品・サービスのQCDをこれまで以上に高め、人間の欲求を満足させています。

これからもテクノロジーの進歩は止まらないでしょう。